2014/7/12

2014-7-12
「そこからカノジョが見ている」
「底から貴女を見てる」

ねえはやく全て受け入れて
永遠に此処にゐましょう

 

***

 

夢と理想は自分のもの。
現実は、皆のもの。

僕の理想って、
自分を受けた感動や感銘を、人にお返しする事。
できれば、倍にして。
(でもそれは、運も実力も伴わないとなので、あまりに遠い理想なのですが。)

制作者さんに愛されてる作品を見ると、
無条件に幸せになったり、それだけで好きになったりするんですが、
反面、
消耗品のようにされている作品を目にしてしまうと、
しょんぼりするような気持ちになります。

僕にとっては作る時も同じで、
愛があるから、大事に作ろうって思う。

 

昨今の「萌え」って、消耗品にされやすい傾向がある気がしていて。
流行が通り過ぎると、すぐにただの古いものになる。
昔のものになる。
もちろん例外もあるのですが。

いわゆる萌えが市場に溢れるということは、
同時に需要があるとも言えるのでしょうけれど、
その、使い捨てや、消耗品になった作品が悲しくて。
(最初から消耗品を作ろうと思っている方には、これは適応しないと思いますし、
そういう目的を持って制作する人を悪く思っているわけでもありません。
ビジネスのかたちはそれぞれですから。)

「萌え」が持つ単体の魅力って、若い恋に似ている気がします。
熱するのも早いけれど、冷めるのも早い。

 

僕がかつて感動を受けた作品とかって、
わりと”お墓までもって行きたい”って感覚に似ていて、
心や人格に、何かしら影響を与えてくれるような感銘が大半で。

それを、お返ししたいなぁ。
できないかなぁって、
僕の心の中にはそんな感覚がグルグルしていて、
でもそれは、”萌え”だけではほぼ実現できないもの。

しかし実際僕の絵って、俗っぽい風を纏っているので、
どうしても”萌え”に寄ってしまい、
(別に萌え自体がいけない訳ではないのですが)
「違う」「違う」
って、自分の中で磁石がせめぎあって、グルグルってしてしまいます。
これは僕の未熟。

本当は、この自分の絵を受け入れた上で、
ならばこの絵でもって、どのように作れば理想に近くなるのか、
そこを探求していかねばと思います。

 

作品を消耗品にしたくない。
一生懸命作った作品が、結果、消耗品になってしまったというのならまだ仕方ない。
でも最初から、使い捨てにするという心で、絶対に作りたくない。
自分が受けた感動を、返したい。

これが一番僕にとって”楽しく作るための方針”。
いつか少しでも自分の思う感動に近づけるよう、
くじけないよう、意志をもって、今後も作品を作っていきたいなって思うのです。

 

いや本当、物を作るって楽しいですね。
四六時中考えていられるほどに楽しいです。
ラブです。

今期アニメ『残響のテロル』に、いい意味で、
後頭部ひっぱたかれたように感銘を受けてしまった僕でした!(笑)

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